オリジナル童話 |
落ち葉になる | |||||||||
by chaury■■■■■■■■■■■ |
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■ ある森の中に立つ大木の根元は、少年が涙を流すときにやってくる場所でした。 そこには、子どもの背中がぴたりとおさまるような細長いくぼみがありました。 少年は、そのくぼみに寄りかかっていると、うしろから木が体を抱きしめてくれているような気がしました。それで少年は、安心をして涙を流すことができたのです。 木の幹は、何も言いませんでした。ただじっとして少年の体を受けとめていました。 けれども細い枝のそこかしこから顔を出している葉っぱは、風にゆれながら少年が泣く姿を見て笑っていました。 「なさけないよな、いつも泣いてばかりでさ」 「きっとなにかあるたびに逃げ出してくるんだ」 「大人になっても、なんの役にもたたないぜ」 黄金色に染まり始めた葉っぱには、夢がありました。大きな夢でした。 この山や森のために、世界中の自然のために、地球上のすべての生き物のために役立つようになりたい! そんなことを思っていました。 葉っぱは、時がすぎれば枝から離れて落ち葉になります。地面に落ちた葉っぱは、いつしかくさって栄養がいっぱいの土になります。土は、新たな木や草を成長させて森をささえます。森は、動物たちの住む場所になり、食べ物をとる場所になり、川の水を美しくして、新鮮な空気を作り出します。 たった一枚の小さな葉っぱでも、とてつもなく大きなことができるはずだと信じていました。 だから葉っぱは、少年が泣いているのを見るたびに思っていました。 「おいらは、あんなやつとは違う!」 葉っぱは、落ち葉になることは少しもこわくはありませんでした。むしろ、ほこらしいことだと思っていたのです。 ある日少年は、いつものように大木のくぼみに体をうずめて泣いていました。 「あいつ、また来たぜ。そばで泣かれると、うっとうしいよな」 葉っぱが、ザワザワと文句を言いはじめました。 そんな声が聞こえることのない少年は、目をとじたまま、うつむいてじっとしています。 少年は、体の中がまっ黒になっているような気持ちだったのです。その上重たい石が、お腹の中にも、胸の中にも、頭の中にも、手の中、足の中、指の先にまでつまっているように感じていました。 葉っぱは、泣いたことなんてありませんでした。 「泣いていたってなにも変わりはしないのにさ、時間のむだだよ」 ときどき少年は、歯を食いしばりながら「うー」とか「あー」というような、うめき声をあげました。 「わけが分からないよ。言いたいことがあるなら、はっきりと言えっていうんだよ」 葉っぱの声は聞こえていませんが、しばらくすると少年の口から言葉のかけらが、しずくのようにこぼれ落ちてきました。 「くそっ……くそっ……なんなんだ…… ばかやろう……くそっ……」 葉っぱは、少年をバカにしたように笑います。 「だれに言ってるんだよ? 一人で文句を言ってたって意味ないよ」 その時です。少年が、とつぜんさけび声をあげました。 「ふざけるな! あー! あー! あーーー!」 森の中に、風がいっしゅんだけ吹きぬけたようでした。 すると、たくさんの葉っぱの中の一枚だけが風にゆれたかと思うと、はらりと木の枝からはなれました。 「うわっ! やめてくれー。まだ早いよ。とつぜんすぎるー。気持ちの準備をしてなかったよー」 葉っぱは、ふるりふるりと静かにゆれながら落ちていきます。 少年は、りょう手で顔をおおって、ため息をついていました。 それから少年は、顔からはなした手を見つめながら、もう一度大きなため息をついたのです。 すると、そのりょうほうの手のひらのまん中に、ふわりと葉っぱが落ちました。 少年は、おどろいたようすもなく葉っぱをぼーっと見つめています。 おどろいたのは、葉っぱのほうでした。 「なんだ、なんだ、なんなんだー?」 葉っぱは、手のひらの中から少年の顔を見上げました。 少年の涙はもう流れてはいませんでしたが、まったく元気のないうつろな目が葉っぱにむけられています。 「なんで、よりによって、こんなやつの手のひらの中に落ちちゃったんだ」 すると少年が、気がぬけたような声でつぶやきました。 「……落ち葉じゃない……」 葉っぱは、なにを言っているんだと思いました。 「おいら……落ち葉だよ」 少年が、またつぶやきます。 「落ち葉じゃない……」 「落ち葉だよ!」 「落ち葉じゃないんだ……」 「だから、おいらは落ち葉なんだって!」 「地面に落ちていない葉っぱだから…… 落ち葉じゃない……」 「……おいら……落ち葉じゃないのか!?」 葉っぱは、うろたえました。 木から落ちたけれども地面に落ちなければ、完全な落ち葉にならないことに気がついたのです。 地面に落ちなければ、世界のために地球のために役に立つことなんてできません。葉っぱの夢は、永遠にかなうことはなくなるのです。 葉っぱは、むだだと分かっていましたが、少年にむかってさけびました。 「おい、はなせ! はなせよ! おいらを地面に落とせ!」 すると少年は、葉っぱをかたほうの手のひらにのせて、もうかたほうの手でなではじめました。 「おい、なにやってるんだよ。くすぐったい。よせ、よせ、よせったら」 なぜだか少年の目は、今はもう、ぼーっとはしていませんでした。 「ぼくのために……この葉っぱは落ちてきたんだ……」 「……ちがうよ……」 「ぼくのため……」 「だから、ちがうって。かんちがいするな!」 「ぼくの……お守りだ……」 「なんだよ、お守りって?」 「きっと……ぼくの味方になってくれる」 「なんないよ。なるはずないだろ。ちっぽけなお前なんかに関わりあってるひまはないんだよ。おいらは、大きな大きな大きな地球のために落ち葉にならなくちゃいけないんだから」 少年は、葉っぱを上着のポケットに、そっとしまいました。 「うわー、やめろ! なにも見えない。 出せ、出せ、出せ! 地面に落としてくれ。 おいらを落ち葉にさせろー!」 ポケットの中の葉っぱは、太陽の光を感じることさえもできなかったので、時間がどれくらいすぎているのか分かりませんでした。それにポケットの中では、はっきりと音を聞き取ることもできなかったので、葉っぱは、がまんしきれないくらいの不安な時間をすごすことになりました。 葉っぱが、次にポケットの中で聞いた人の声は、あの少年の声ではありませんでした。 少年の友だちでしょうか? 言っていることは分かりませんでしたが、何人かの声が、ときどきポケットにできるすき間から聞こえてきます。 少年は、一言も話をしてはいないようでした。 それに少年が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりというように、ふらふらと動いているのが分かりました。 しばらくすると少年は、なにかにつまずいたのか転んで倒れてしまったようでした。 少年は、立ち上がりませんでした。そのかわりに少年の手が、ポケットの中に入ってきました。そして、その手が葉っぱに触れたのです。 するとポケットの中の空気が入れかわりました。同時に、少年の友だちかもしれない何人かの話し声が、葉っぱに聞こえてきます。すべて正確に聞くことはできないのですが、なんとなく内容は分かりました。 「泣け! 泣いて『たすけてー』って言ってみろよ」 「ダメだよこいつ。泣いたことなんかないもんな」 「泣けよ! 泣いてたのんだら、いいことがあるかもしれないぜ」 「なんだよ、その目。気に食わねぇな」 「だからやられるんだってことを分からせようぜ」 少年は、葉っぱをにぎりしめました。 すると葉っぱは、かさりと小さくかわいた音をたてて、少年の手の中でつぶれました。 葉っぱは、もうなにも聞こえなくなりました。けれども少年がなにをされているのか想像をすることができました。だから、体がつぶれてしまっても気になりませんでした。それどころか「もっと、もっと、にぎりしめてくれ」と思っていました。 少年は、話をしていた何人かが立ちさるまで葉っぱを強くにぎり続けました。 葉っぱは、自分の体の中がまっ黒になっていると思いました。そして体全部が石になっているような気持ちでした。 「なにもできない……おいらには、なにもできやしないんだ……」 世界のため地球のために役立とうなどと思っていた自分が情けなくなりました。 そのとき少年は、葉っぱをにぎりしめた手をポケットから出しました。それからその手を開くと、くずれてしまった葉っぱを見つめました。 「ありがとう……」 葉っぱは、少年がなぜそんなことを言うのか、まったく意味が分かりませんでした。 「……おいら、なにもしてないよ……」 「ぼくのために落ちてきてくれた葉っぱ……」 「なにもできなかったんだ……」 「ありがとう……そばにいてくれて……」 「…………」 「そばにいてくれただけでよかったんだ。ほんとうによかったんだ……」 少年は、まだなにも解決していないことも、自分がまだなにもしていないことも分かっていました。でも、ひとりじゃなければ、なにかができると思えるようになっていました。 葉っぱも、少年の顔を見上げながら、なぜだかうれしくなってきました。 そして葉っぱは、手のひらの中に横たわりながら、少しくらいは落ち葉になることができたのではないかと思っていました。 ■ |
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